イランの最高指導者アリー・ハメネイ氏の国葬行事が4日、首都テヘランのグランド・モサラで正式に始まった。2月28日の米イスラエル合同軍による空爆で死去し、約4ヶ月ぶりの葬儀である。当局は首都だけで1500万〜2000万人の参加を見込んでおり、黒装束の群衆が「米国死せよ」「イスラエル死せよ」のシュプレヒコールを上げながら弔意を示している。この大規模な行事は、戦火の最中に崩壊の危機に晒されたイスラム共和国の体制を維持し、次期指導者への支持を固める政治的メッセージとして機能している。
棺はガラスケースに収められ、遺族や側近の棺とともに中央に安置されている。行事は6日間の日程で、月曜日にテヘラン市内を行進した後、神学都市コンに移動し、水曜日にはイラクのシーア派聖地ナジャフとカルバラで追悼式が行われる。最終的な埋葬は9日、ハメネイ氏の故郷マシュハドのイマム・レザー聖廟で執り行われる。治安当局は空域閉鎖や主要道路封鎖を実施し、熱中症対策として散水車や冷却スプレーを配備するなど万全の体制を敷いている。一方、後継者であるモジタバ・ハメネイ氏は、イスラエルの暗殺脅威と自身の負傷を理由に公の場への登場を控えており、書面での声明のみを発信している。パキスタンのシェーバズ・シャリフ首相やロシアのメドベージェフ前大統領ら約100カ国の代表団が弔意を表明した。ヒズボラやハマスなどの代表も出席し、反米・反イスラエルの「抵抗軸」の結束を内外に示した。
ハメネイ氏の死と葬儀は、米イラン間の停戦合意後における地域情勢の行方を占う重要な転換点となっている。指導者交代の過程で強硬派と実務派の対立が表面化しつつある中、体制側は対米交渉の継続と同時に対イスラエル・米国への報復姿勢を明確化している。特に米国の独立記念日と重なる日程設定は、反米・反イスラエルのイデオロギーを再確認する象徴的な意図を含んでいる。今後、モジタバ氏の公的活動開始と後継体制の安定が、ホルムズ海峡を巡る交渉や中東の安全保障構造にどのような影響を与えるかが注目される。